人気ブログランキング | 話題のタグを見る

私の住む街

私の住む街_f0378589_16005346.jpg
生まれてからずっとこの街に住んでいる。

私が大学生になった頃から、この街は若者の街に変貌を遂げたが、以前は私鉄沿線の何の変哲も無い、小さな街だった。駅舎も木造の平屋だったような。

亀屋万年堂という和菓子店とモンブランという洋菓子店が唯一の有名店で、戦後の闇市から発展した2つのデパート(といっても、商店が入居する雑居ビル)が駅から続いていた。

そのデパートの屋上から多摩川の花火が見えた。毎夏、祖母と一緒に見る花火は私の楽しみだった。また、2階に貸しピアノ屋があり、週に1-2回ピアノの練習に来た。

その頃の私は自宅にピアノがないのにピアノを習っていて、両親は多少背伸びしても娘をいわゆる'お嬢様'に育てたかったのであろう。戦後の高度成長期の東京にはこんな家庭が少なくなかったように思う。

私の住む街_f0378589_16014410.jpg

私の父は銀行マンで、高度成長期の典型的なサラリーマンだった。家のことや子供の教育は完全に母任せ。帰宅は遅く、仕事帰りにはこの駅の裏側にある焼き鳥屋などで一杯飲んでから帰ってきたらしい。

そんなことはおくびにも出さず、父は日曜日になると「お茶を飲みに行こう」と娘を誘った。

行き先はモンブラン。二人が注文するのはコーヒーと時にはケーキ。

お店の名前と同じ「モンブラン」というケーキが有名だが、私が好きだったのは「サラバン」という洋酒が入ったケーキ。

後に天皇陛下もここのケーキがお好きで、九州に行幸された時にサラバンをお土産にされたとか聞いたが、真偽のほどはわからない。

私の住む街_f0378589_16021915.jpg

父との日曜日デートは大学時代まで続いたが、私にボーイフレンドが出来た頃から不定期になった。モンブランにもいつの間にか行かなくなった。

それは、この街が若者の街へと変貌を始めたのと、時期を同じくしていた。

街が騒がしくなった今でも、この駅に降りるとなぜか、ほっとする。暇ができた時にうろつくのもこの街。

知人の中には「ここは大人の街ではないから嫌い」と言う人もいるが、私にとってはまさに「ルーツ」なのだ。

私の住む街_f0378589_16034684.jpg

by koharu50 | 2016-10-11 16:05 | Comments(0)

自分の好きなファッションでいつもニコニコしていたい。おしゃれの法則?それも大切にするけれど、冒険も大好き。諦めちゃダメ、おしゃれはいくつになっても私を前向きにしてくれる。


by 小春